社会は自分を救えるか?

さて、仕事と趣味を同時に失い家族にさえ「絶対自殺すると思ってた」とさえ言われた自分。次に待っているのは「生き延びるにはどうすべきか」でした。

家族は自分が死んでもよかったんでしょう。むしろ生きてて困る方のほうが多いんじゃ無いですかねぇ。なのでここから先を生きるということは必ず誰かを苦しめ無ければならない人生です。

昨年義兄が自殺をしました。で、結局綺麗に皆様の思い出になれたかというと逆です。救えなかったという心の痛みを撒き散らし、生涯忘れることのできない傷を関係者が背負うことになります。これは一方的なゲイカミングアウトも同じです。救われるのは自分だけで背負ってきた心の痛みを受け止めて貰えなければ傷つけてハイおしまいです。

自分が生き続けることで親姉兄は自分を切り捨てた痛みは持ち続けるかもしれませんが、「死ぬこと以外はかすり傷」と覚悟して頂くよう家族全員に申し上げました。独身男性が働くことも出来ない身体でひとりで生きる様をしっかり見ててくださいね、と。

社会福祉のお世話になるということはある意味で自分の人生を精算するに等しい行為です。担当の人の目をしっかり見ながら胸を張って「22年間、ゲイの方向けのマッサージ業をやってきました」と言えました。

強く、したたかに前を向いて歩いて行こうと思う手続き終了後の夕暮れでした。

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